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どーも、元バンドマン作曲家で現在サラリーマン3年目のたぬきです。
今回は僕の自己紹介とブログで何を目標にしているか書きます。
作曲家バンドマンでしたが、夢を諦めサラリーマンになりました。12尺で1億売る販売サラリーマン生活ですが、自分て何だろうと思いブログを開設。 現実では鬼嫁にたぬきと罵られながら、DTMに関する呟きと日常ブログを更新しています。
ではいきましょう。
目次
プロフィール
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僕は現在32歳のサラリーマン3年目です。
生まれは栃木の山奥で育ち、大学進学がきっかけで東京に出てきました。
バンドや音楽活動に明け暮れた10年から、現在は東京で接客販売業・店舗管理をしています。
そして、彼女と7年間の交際期間を経て結婚しました。
生まれから高校まで
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田舎に生まれたわけですが、どれだけ田舎だったかというと、、、
・山川に囲まれた町(ヤンキー多め、ファミレスなし)
・木造校舎で9年間1クラスの学校生活(母校は少子化で全消滅)
・都心まで出るのに1時間に1本、1時間の電車乗車(料金高い)
とざっくり上げてみましたが、コンビニも近くて車で10分とかの町で育ちました。
小中学校では、1クラスしかなかったので色々やらなきゃいけない状況でした。
部活ではサッカー、野球、陸上をサイクルで回して参加する状態w
今思えば、小さなコミュニテイの中でひたすら動いてるような環境でした。
そんな中、塾にもいき、生徒会活動を行うなどして都心の高校へ進学しました。
高校時代、音楽に目覚める
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僕が進学したのは、その地域からは誰も行ったことながない「進学校」と呼ばれる高校でした。
子供心に「親が喜んでくれるだろう」「田舎から出てみたい」なんて思っていました。
そして進学すると、勉強より音楽にのめり込みます。
進学校でしたが、気の合う音楽仲間を見つけバンドを組みます。
親にはめちゃくちゃ怒られましたが、それが楽しかったのも事実。
でしたが、いざ受験となると上手くいかず、「浪人か行ける大学か」の二択をせまられます。
思春期真っ盛りの僕は田舎から逃げたくて、ギリギリ受かった東京の大学に行きました。
大学生活と音楽
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念願の東京、一人暮らしを始めた僕。
大学の授業そっちのけで、音楽活動を始めます。
大学ならではのサークル活動や田舎では考えられなかった商業施設の都会感w
「求めていたのはこれだ!」と言わんばかりに東京ライフを楽しみます。
みんなが就活を始めた頃、僕は「プロミュージシャンになる」と就活を一切しませんでした。
中には「お前は就活しなくて楽だよな」など皮肉を言われたりもしましたが、
いつかみてろよと大学を卒業します。
バンドの終わりと社会人
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「俺には音楽があるから」と無謀な人生を送り出した僕。
でも世の中そんなに甘くありませんでした。
アルバイト生活とライブ活動の日々。
親には田舎に戻ってこいと何回も言われましたが、「あと1年、もう1年、、、」
言い訳を作っては東京に残り、いつか来るチャンスを待っていました。
バンドを組んでは解散、事務所の話が来てもうまくいかず解散、作曲コンペに応募して採用不採用の繰り返し、、そしてバイト生活、、
そんな生活が続きます。
そして、著名なミュージシャンにあったり、友達のバンドマンが成功していくのを横目に、僕は次第にモチベーションを失いました。
そして、友人たちが社会人としてキャリアアップしていったり、結婚していったりしては、自然と焦る自分がいました。
「自分は自分」と言い聞かせても耐えられなくなりました。
気がつくと10年近く経っていました。
「もう何もかもやめて、田舎へ帰ろう」
そう思って音楽をやめようとしたときに、アルバイト先の営業さんにある店の店長を任されます。
社会人から見えてきたこと
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同世代より10年遅れで、サラリーマン生活がスタートしました。
その店では接客販売はもちろん、お店の経営管理まで任されます。
名刺交換を初めて体験したのもそのときですし、クレーム対応や人を雇うなど本当に未体験なことばかりで仕事で生活する大変さを学びました。
大人の付き合いとして、行きたくない飲み会の参加や研修に参加。
テレビドラマで見ていたような職場での人間模様など、嫌なことも目に入ってきます。
でも慣れとは恐ろしいもので、その環境で余裕が出てくると色々できることも増えて見えるものも広がるんですよね。
僕の場合、人より時間はかかってしまいましたが、サラリーマンの仕事にも慣れ、学びを得る機会も増えていきました。
会社から学んでいること
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接客販売以外にも、店舗管理も任されているので、全くもって勉強していなかった経営についても嫌でも覚えました。
粗利がどうとか、原価はこれぐらい、今月の営業利益やKPIとか、、、
経営や利益が出る仕組みの知識なんて0にひとしかったので、そこを学べたことは感謝しています。
そして、知ることによって面白さを覚えてきたのも事実だし、「サラリーマンも悪くないかな」なんて思ってたりします。
ブログとの出会いとこれから
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サラリーマン生活の3年目、仕事に慣れてしまった僕はインプットの日々からアウトプットをしたくなり、世の中の流れに目を向けていました。
ちょうどその頃、ネットでは副業ブームやAIの時代到来、果ては不景気の影響か身近なところでもリストラや倒産が相次いで起きていました。
僕自身、会社や今の仕事に「これでいいのか」「このまま依存するのはまずい」など危機感を感じるようになり、転職する勇気なんてなかったけど、悶々とした日々を過ごしていました。
そこで勢いに任せてブログを始めたしだいですw
自分のストレスや思い、学んできたことなどを発信したい。
こんな自分でも発信できることはあるんじゃないかと、気付いたらwordpressを始めてましたw
そしてアフリエイトの仕組みを知り、世の中にはいろんな仕事のやり方で生きている方がいるのを知ります。
「場所にとらわれない、自分の時間を生きる」
そんな生活ができたら最高だろうなと思い、見切り発車しましたw
目標はブログで収入を得ること、そして田舎の農業を継ぐことです。
年を重ねるごとに、田舎の素晴らしさに気づいてきました。
しかし、いま田舎は生きるには厳しい状況です。
さびれた商店街、高齢化で活性化しない町、10年先安定した職場がない、農家を継ぐ若者がいない
などあまりにも時代に取り残されています。
つまり自分で何かを産める力がないと生きることができないのです。
その一縷の望みをブログとの出会いにかけました。
サラリーマンで学べることは学んで、ブログを通してインプットとアウトプットを繰り返す。
そして、自分の生活に積み重ねていく。
いろんなことが飽和して、不確実な時代だからこそチャレンジしてみる。
理由はそれだけですw
手探りですが、いろんなことに触れられたらと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
どうぞよろしくお願いいたします。